東京に着いたらまず御徒町に行った。
御徒町は相変わらず、雑然と、そして人間臭く、そこに存在している。
多慶屋の前の交差点はこの町の空気を凝縮したみたいだ。
数え切れない程の足音、車のクラクション、音にならない衣擦れの音、幾重にも重なる信号待ちの人達。
自転車のおじさんが、蓋の開いてない缶コーヒーを落とした。
自分の周りを360°囲む雑踏。
久々のそれを楽しく感じながら、いくつかの用事をのんびりとこなした。
東京駅に荷物を置いて、目黒洗足の靴工房Co.&Kokoroneさんへ。
思ったよりも随分、駅から近い。目と鼻の先だ。
いい具合に時を経た、コンクリートの四角い箱。チェレステブルーに塗られた階段を二階へ。
驚かせようと思い、連絡をせずに訪問。
うおっ!なんで?!という、リアクションを期待するも、ご夫婦二人ともびっくりし過ぎて言葉を失っている。
予想外のリアクションに、い、い、いや〜、ははは…とキョドリながら、久々の再会を果たした。
陽の光が柔らかく入る、工房のショップスペースで、久々にゆっくりと話をする。
雪国生まれのご夫婦は二人共、真面目で、芯が通っている。
こんなに靴に対して、真剣に、真摯に向き合っている人達を僕は知らない。
出来の良い弟がいたら、たぶんこんな感じだろうな。
楽しくてのんびりした時間が、流れていく。
僕のあまりにも汚れた靴を、見るに見兼ねて磨いてくれた。
新しい発見。靴が綺麗になると気持ちがウキウキする。
蜂のロゴマークが入った靴クリームを買った。
お二人共、次の日からイベントという忙しい時に、どうもありがとう。
次は連絡してから行きます…たぶん。
目黒線に乗って目黒まで行ったら、恵比寿まで散歩。
僕にとって、大切なお店へ。
そのお店には数える程しか行ったことが無い。それどころかまともに買い物をしたことすら無い。
けれどそのお店での記憶は、延々と流れるコマ送りの映画みたいに、常に心の中の何割かの場所を満たしている。
久々にそこに並べられた様々なものを見ていると、なんだか泣きそうになった。
古い道具を手に取ると、人の手を握るように温度が伝わってきた。
この店があって、僕は幸せだと思う。
いくつかの古い道具を買って帰った。
あらかた、行きたいところにも行けたので東京駅に戻る。
待ち合わせまでしばらく時間があったので、新丸ビルへ。
上の方の階に、キャッシュオンでビールが買えて、テラスで適当に座って飲める場所があったはずだ。
ハイネケンを買って、夕暮れ時のテラスに出た。
人もまばらで、気持ち良い。
向かいの高層ビルから、皇居の方まで見渡せる。
夕暮れ時の山には敵わないけれど、これはこれで美しい。やっぱり。
待ち合わせた友達と、昔この辺りでバイトしていた想い出を辿るように、ご飯を食べて、お酒を呑んだ。
一緒に働いたのは、20代後半くらいの時だったけれど、それは確かに青春だったなと思う。
想い出話に盛り上がるのは歳の証拠かもしれないけれど、想い出話が増えていくのは決して悪いことじゃ無いような気がする。
楽しい時間を過ごして、今日の宿へ。
少々呑み過ぎて、ぼうっと車内を眺める。
今日は出来過ぎた一日だった。
ふとそう想った。