「木曽川」
景色の映る、川幅の大きな川に行きたいと思った。
川の色は空と見分けがつかないような深い碧でも、空を拒みながらもその姿を映さずにはいられない暗い翠でも良い。
川面は出来るだけ、凪に近くて、それは川というよりも途方も無く大きな湖のようであれば、尚更良い。
低木が水の中に沈むように、浮かぶように点々とするその場所で、ただ川と空を眺めていたい。
時間も境界もあたまの中でぐちゃぐちゃになるような、曖昧な世界を僕は望んでいるのかもしれない。
「遠州灘」
防潮林が延々と続いている。
あの向こうは遠州灘だ。
こんな薄曇りの日の遠州灘はきっといつもより綺麗だろう。
多くも少なくも無い太陽光パネルが、まるでビニールハウスか何かのように眼下を流れていく。
そういえば遠州灘の端にも風力発電の大きな羽根が回っていた。
防潮林の途切れた所にある、あの橋はきっと1号線だろう。
「掛川 チェレステブルーの町」
チェレステブルーは、まるで蛇のように、長く尾を引く飛行機雲のように、線路脇の町に線を引いて行った。
駐車場の金網で、道路に架かる小さな陸橋で、その余りにありふれた褪せた青緑は、色を繋いでいく。
どこまで線を引くんだろう。
唐突に線が途切れた集落で、ポツリとチェレステブルーの屋根が見えた。
民家の上でその色はすでにありふれた色では無く、線の終着点であるかのように、通り過ぎる僕を待っていた。
「静岡に向かうトンネルで」
随分小さなトンネルが、山の中に並んで穴を開けていた。
あの小さなトンネルには、どれ程小さな電車が通るんだろう。
きっとスピードは出せない。
身体を揺らすとあのトンネルには入れない。
斜面に作られた茶畑でおばさんが、一生懸命働いている。
森の中の道路はそのままでトンネルみたいだ。
トンネル
トンネル
トンネル
視界が急に暗くなって、音は一際大きくなった。
こだまもトンネルに入ったみたいだ。
ここからはトンネルが増えるのかもしれない。
「谺」
山が谺を返す。
川が谺を返す。
畑が谺を返す。
山間の集落が谺を返す。
土から生えた世界で延々と谺は跳ね返り、原始の音を鳴らし出す。
祝宴はしばらく続いた。
やがて景色は、ビルばかりになった。
石で蓋をされた世界を、谺はただ音も無く通り過ぎて行く。
僕は窓の外に興味を無くし、カバーの破れた小説を読み始めた。
一時間もすれば、東京だ。
身じろぎした視界の端で、熱海の海が顔を出していた。